米国造幣局の200周年記念コインの紹介のラスト,第14弾です。
このシリーズもいよいよ最後となり,北東部のニューイングランド地区の紹介の2回目です。
北東部(NORTHEAST):ニューイングランド地区(NEW ENGLAND)の州のコイン
コネチカット州の記念コイン
コネチカット州:CONNECTICUT
1788年に加盟(5番目)
チャーター・オーク:The Charter Oak
「THE CHARTER OAK」
1999年発行
「THE CHARTER OAK」
チャーター・オーク:The Charter Oak
コインに大きく描かれている大木は「チャーター・オーク:The Charter Oak」と呼ばれている樫の木です。
かつて,コネチカット州のコネチカット川沿いにあったこの大木は,残念ながら,1856年に嵐で倒れてしまい,今はもう存在しません。
いろいろ調べてみると,このような形の樫の木だったようです。
なぜ,もう存在しないこの大木が「チャーター・オーク」と呼ばれ,コネチカット州の記念コインに描かれるほど特別なのか。
コネチカット州の植民地時代の出来事に由来します。
「植民地時代,独立戦争に関係する州ニックネームの話 mohamoha26」にて,コネチカット州の「憲法の州」というニックネームを紹介しました。
アメリカの合衆国憲法はコネチカット州の植民地時代のものを基に作成されたために,このニックネームが付けられました。
それほど,コネチカット州は植民地時代に自治権が強かったと言えます。
理由があります。
コネチカット州の植民地政府は,アメリカの独立前,1662年にイギリスから自治権を認める「勅許状(ちょっきょじょう):Connecticut’s Royal Charter」を与えられました。
後の1687年に,イギリスの代表者はこれに異議を唱え,植民地の明け渡しを求めます。
この勅許状を返却するように求めたわけです。
植民地政府の一員だった「ジョセフ・ワズワース:Joseph Wadsworth」という人が,勅許状をイギリスに渡さないように,コインに描かれている樫の大木の空洞の中にイギリスから与えられた「勅許状:チャーター」を隠しました。
このことから,この樫の大木は「チャーター・オーク」と呼ばれ,アメリカ独立の象徴となったわけです。
「チャーター:Charter」とよばれる訳は,勅許状を英語で「チャーター:Charter」と呼ぶことからです。
グーグルマップでコネチカット州の見ると,「チャーター・オーク・○○」という店や学校等の名前がよく見られます。
25セント記念コイン発行以前にも,記念切手や記念コインが発売されたそうです。
また,町の中にこのチャーター・オークの図柄を見ることができます。
2つ紹介しますが,まずはコネチカット州の州議事堂です。
次にコネチカット川沿いの柵です。
実際にチャーター・オークがあった場所は,現在は小学校が建っているようです。
コネチカット州の25セント記念コインには,このチャーター・オークのことだけが題材です。
一つの事柄だけを扱っている州は,コネチカット州のみです。
それだけ,もう今は存在しない自治権を守ったチャーター・オークは,コネチカット州の人々にとって大切な存在なのでしょう。
ロードアイランド州の記念コイン
ロードアイランド州:RHODE ISLAND
1790年に加盟(13番目)
ナラガンセット湾に浮かぶアメリカズ・カップのヨット「リライアンス号」:
America’s Cup yacht Reliance on Narragansett Bay
ペル橋:Pell Bridge
「The Ocean State」
2001年に発行
「The Ocean State」
ロードアイランド州のニックネームは「海の州」です。
陸地の奥の方まで大西洋が入り込んでいるためにそう呼ばれています。
「「海の州」「山の州」:自然環境が由来の州ニックネームの話① mohamoha24」に詳しく紹介しています。
ナラガンセット湾に浮かぶアメリカズ・カップのヨット「リライアンス号」:America’s Cup yacht Reliance on Narragansett Bay
まず,ご存じない方のためにアメリカズ・カップを紹介します。
アメリカズ・カップは1851年より現在まで続く国際ヨットレースです。
画像は,2013年のサンフランシスコ大会予選での「サンディエゴ:San Diego」でのものです。
アメリカズ・カップの優勝杯は,なんと世界最古だそうです。
アメリカズ・カップは,世界中にあるヨットクラブ同士の国際親善レースで,使用されるヨットは出場国で建造しなければならないため、参加各国の最先端技術が問われ,参加国の威信を賭けた国別対抗レースとしての一面も持ち合わせているそうです。
1851年に行われた第1回目はイギリスのワイト島で行われ,アメリカのニューヨーク・ヨットクラブが優勝しました。
その時のヨットの名前が「アメリカ号」でした。
そこから,このヨットレースは「アメリカズ・カップ」と呼ばれるようになりました。
1870年にニューヨークで第2回目が行われており,そこでもニューヨークヨットクラブが優勝し,1983年まで計26回も連続で優勝しています。
そのうちの13回は,ニューヨークでアメリカズ・カップが開催されています。
1930年からは,開催場所をニューヨークからロードアイランド州の「ニューポート:Newport」に移しています。
それからは12回もニューポートで開催されています。
そして,1988年には,ニューヨークヨットクラブのクラブハウスが,ニューヨーク(詳しくはニュージャージー州ホーボーケン)からニューポートに移されました。
なぜ,ニューヨークからニューポートになったかというと,これは推測になりますが,ニューポートは1820年代からお金持ちに愛されたリゾート地だからです。
ニューポートには億万長者が建てたマンション群があるそうで,ニューヨークに住んでいるセレブは夏の間,船でニューポートに来て夏の間を別荘で楽しむそうです。
コインの中央にヨット「リライアンス号」が描かれています。
「リライアンス号」は,1903年に行われた大会で優勝したヨットです。
ペル橋:Pell Bridge
ペル橋はナガランセット湾のニューポートの近くにあります。
マサチューセッツ州の記念コイン
マサチューセッツ州:MASSACHUSETTS
1788年に加盟(6番目)
ミニットマン:a minuteman
州の形:an outline map of the state
「THE BAY STATE」
2000年に発行
「THE BAY STATE」
マサチューセッツ州のニックネームです。
ボストンの近くに釣り針のような形をしたケープ・コッド半島があり,大きなケープ・コッド湾があるためにこの様なニックネームで呼ばれます。
「「湾の州」「緑の山の州」:自然環境が由来の州ニックネームの話② mohamoha25」にて詳しく紹介しています。
州の形:an outline map of the state
コイン全体の背景に州の形がデザインされています。
この様に全体で見ると,フックのような形をしていますね。
ミニットマン:a minuteman
コインの中央に描かれた人は,ミニットマンと呼ばれた人たちです。
右手にライフル銃を持ち,左には畑を耕す鍬(すき)があります。
ミニットマンとは,マサチューセッツ州ボストン近辺のアメリカ独立戦争時代の民兵のことです。
普段は農民として働き,半鐘がなると1分で家に戻り銃を持って集合することから,このように呼ばれました。
ミニットマンたちは,英国軍を相手に大活躍し,アメリカを独立へと導きました。
もともとアメリカに来た入植者たちは猟も仕事の一つとしてしていたので,誰もがライフル銃を持っていたようです。
コインに描かれたミニットマンのデザインは,実際にマサチューセッツ州にあるミニットマンの像をモデルとしています。
その像がこちらです。
この像は,マサチューセッツ州「コンコード:Concord」の「オールド・ノースブリッジ:Old North Bridge」に立っています。
ほぼ,コインのミニットマンと同じ姿だと言えます。
実はミニットマンの像はもう一つあり,そちらの方が有名で,全米から観光客が見に来るそうです。
もう一つの像は,「レキシントン:Lexington」にあります。
これらの2つの像の作者は同じだそうですが,レキシントンにある方の像はコインやコンコードの方の像と違い,帽子をかぶっておらず,鍬もありません。
ライフルも両手で持っています。
レキシントンやコンコードは,アメリカ独立戦争での最初に銃撃戦となった「レキシントン・コンコードの戦い」の地で,その地にミニットマンがいることになります。
一応,ミニットマンのモデルはいるようで,ジョン・パーカーという方だそうです。
コンコードの像とレキシントンの像は十数キロメートルしか離れていません。
レキシントンの像を見に行くのならば,コンコードの方の像も見るべきですよね。
今回のページの情報源は以下のとおりです。
「state symbols USA」
「50州25セント硬貨 Wikipedia」
「コインと語源で旅するアメリカ50州」
さて,13回に分けて紹介してきた各州の米国造幣局の200周年記念コインですが,これで終わりです。
次回は,これまで紹介してきた記念コインを表のようにまとめたいと思います。
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